嘔気(吐き気)・嘔吐
1. 嘔気(吐き気)・嘔吐とは
最終更新日:2025年4月29日
嘔気(nausea)は、「すぐに吐いてしまいそうな不快な感覚」と定義されます。必ずしも嘔吐(vomiting)を伴うとは限らず、嘔気単独で出現することも珍しくありません。
一方、嘔吐とは、「胃の内容物が強制的に口から外へ排出される現象」を指します。これらは似ていますが、起きる仕組みが少し異なり、したがって治療方法も異なりことがあります。
2. 嘔気・嘔吐が起きる仕組み
私たちの脳の中には「吐き気」や「嘔吐」をコントロールする場所(脳幹)があり、そこには「孤束核(こそくかく)」や「網様体(もうようたい)」という部分が関わっています。消化管求心路、前庭器、高次中枢、化学受容器引金帯(CTZ: chemoreceptor trigger zone)など、言い換えると、胃からの刺激、乗り物酔いのような耳の刺激、強いストレス、薬の影響など、さまざまな情報が脳に伝わり、結果として吐き気や嘔吐が起きるのです。
3.嘔気・嘔吐の治療
原因となる疾患が明らかであるときは、その治療が最優先です。
原因が特定できない場合、5-ヒドロキシトリプタミン3受容体拮抗薬(5-HT3RA)、ドパミン受容体拮抗薬(DRA)、ニューロキニン1受容体拮抗薬(NK1RA)などを用います。ただし、多くは、抗がん剤による副作用に対して使用される薬が中心で保険適用外であることも多く、一般的な嘔吐には、その他の薬を用います。
4. 嘔気・嘔吐を来す鑑別疾患
嘔気・嘔吐が出現する疾患は、胃排出遅延(gastroparesis)、機能性消化管障害(FGID)、中枢神経障害、前庭器障害、代謝性疾患、薬剤性、精神障害、自律神経機能障害などがあります。いくつか具体例を挙げますが、以下の様に非常に多岐にわたります。
消化器疾患
胃食道逆流症:食道粘膜障害による迷走神経刺激
- 消化性潰瘍(胃・十二指腸):潰瘍活動期の疼痛刺激が嘔吐反射を誘発
- 感染性胃腸炎:微生物による消化管炎症
- 急性膵炎:腹膜刺激と炎症性サイトカイン放出
- 慢性膵炎:膵外分泌機能低下による消化障害
- 胆嚢炎/胆石症:胆道内圧上昇による内臓求心路刺激
- 腸閉塞:機械的刺激と腸管虚血
- 虫垂炎:腹膜刺激症状の一環
- 胃癌:幽門狭窄や腹膜播種による
- 肝炎(急性/慢性):肝被膜伸展と代謝異常
中枢神経系疾患
- 脳腫瘍(特に後頭蓋窩腫瘍):頭蓋内圧亢進とCTZ直接刺激
- 脳出血/くも膜下出血:脳幹圧排と血液成分のCTZ刺激
- 髄膜炎/脳炎:炎症性サイトカインによるCTZ活性化
- 片頭痛:三叉神経血管系の過興奮
- てんかん(特に腹部てんかん):異常放電が嘔吐中枢を刺激
内分泌・代謝疾患
- 糖尿病性ケトアシドーシス:ケトン体蓄積と電解質異常
- 甲状腺機能亢進症:消化管運動異常と代謝亢進
- 副腎不全:低ナトリウム血症と低血糖
- 尿毒症:尿素代謝産物のCTZ刺激
婦人科疾患
- 卵巣捻転:内臓神経の機械的刺激
耳鼻咽喉科疾患
- メニエール病:前庭神経系の異常興奮
- 突発性難聴:前庭神経炎に伴う前庭失調
循環器疾患
- 急性心筋梗塞(特に下壁):迷走神経反射の関与
- うっ血性心不全:腸管うっ血と肝被膜伸展
薬剤関連
- オピオイド:CTZのμ受容体刺激
- 抗がん剤(シスプラチンなど):5-HT3受容体活性化
その他
- 緑内障急性発作:眼圧上昇による三叉神経刺激
- 間質性膀胱炎:内臓痛の関連痛として
- 周期性嘔吐症候群(器質的基盤ありの場合):ミトコンドリア異常など
5. 必要となる検査
適切な鑑別のためには、病歴聴取と身体診察で上述の疾患から可能性の高いものを抽出し、血液検査、腹部画像検査、上部消化管内視鏡検査、胃排出能検査、自律神経機能検査、中枢神経画像診断、耳鼻咽喉科学的検査などを必要に合わせて、選択して実施します。
それでも診断できないものや難治例には、胃電気活動検査や心理社会的評価も検討されます。
参考文献
- Lacy BE, Parkman HP, Camilleri M. Chronic nausea and vomiting: evaluation and treatment. Am J Gastroenterol 2018;113:647–659.
- Heckroth M, Luckett RT, Moser C, et al. Nausea and vomiting in 2021: A comprehensive update: A comprehensive update. J Clin Gastroenterol 2021;55:279–299.
注意:本文の内容には細心の注意を払っておりますが、あくまで参考情報としてご活用ください。本内容をきっかけとした自己判断等により生じた体調悪化などの不利益の責任を負うものではありません。必ず、主治医・かかりつけ医等、医師の診察により自身の病状を判断いただき、適切な検査・治療方針を決定してください。